芥川龍之介は明治25年3月1日東京に≪作家・小説・人物≫

生まれる。

号は我鬼、澄江堂主人。

新原敏三の長男として生まれたが、母フクが精神を病み、母の実家芥川家に引き取られた。

代々江戸城の奥坊主を務めた家柄である芥川家に育ったため、文芸、芸事への関心を早くからもった。

東京帝国大学入学の翌年久米正雄、松岡譲らと第三次『新思潮』を創刊し、『老年』や翻訳を発表した。

ついで『羅生門』、『鼻』、『芋粥』を発表し、1915年末から師事していた夏目漱石に認められたことから、文壇へ登ることになった。

漱石からは近代個人主義を軸とした人格主義を、森鴎外からはその翻訳などを通して文体や表現上の影響を受けた。

『今昔物語集』などの説話から素材を得て、歴史小説の形式をとりながら、ストリンドベリやアナトール・フランスらの西欧19世紀末文学の影響下に形成した人間観を表出した初期の諸短編は、自然主義にかわり、耽美主義、新理想主義に続く新しい文学の展開として注目された。

1917年から翌年にかけては、海軍機関学校教官、大阪毎日新聞社員として生活しつつ、『戯作三昧』、『地獄変』、『奉教人の死』、『枯野抄』などの力作を相次いで発表し、自然主義的、小市民的現実がはらむ矛盾・対立を、芸術によって止揚しようとする芸術主義を顕示し、大正文壇の代表作家の地位を確立した。
update:2010年02月13日